阿部商店夫婦

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昨日の土曜日、交通新聞社より大きな段ボール箱2つが届く。
待ってました、の新刊。
「東京商店夫婦」がついにできあがって我が家に到着。

6月21日発行となっていて、
書店に並ぶのもその日かしら? ということで、
この週末は大急ぎで、発送作業。
まずは、本に登場いただいた40組のご夫婦に送らねばならない。
もし、書店でたまたまご本人が目にしたり、
誰か知り合いから「本に出てたね」と声をかけられる前に送りたい。

ここらへんはもう、「阿部商店」の力の見せどころである。
前もって、180円のスマートレター封筒を郵便局で買っておいたし、
梅雨時にポストの中で本が濡れては大変だから、
ビニールの包装も、西友で前もって買っておいた。
添える手紙は、本当は全部手書きでいきたいところだけれど、
こればかりは、パソコンで打ち出したものをコピー。
白い紙じゃ味気ないから、クラフト紙に印刷。
よし、いくぞ、というタイミングで、
サトル君から文章のダメ出しがひとつ入る。
はいはい、ありがとうございます。
もう一度文章を直して印刷。
クラフト紙がなくて、ピンクや黄色の紙に変更。

「おべんとうの時間」の1冊目から、送付作業をやってきた。
最初の頃は、普通のビニール袋に本を入れ、茶封筒に入れて、
はしっこをハサミで切って、「中身は本ですよ」とわかるようにして送っていた。
かなり雑で、かっこ悪い送り方だった。
何度も繰り返すうち、改良してきたのだった。

編集部の人は、こちらで送りますよ、と言ってくれるのだが、
(今回もそう言ってもらったのだけれど)
最後の部分は自分でやりたい。
もし万が一、誰かひとりにでも送り忘れてしまったら・・・・と思うと
やっぱりこの一番大事な作業は、自分で責任を持ってやりたい。
それに、この時間が好きなのだ。
宛名を書きながら、その人を想う時間。

さきほど、旅行カバンに入れて、
えっさ、ほいさ、とサトル君とふたりで郵便局へ持って行った。
超アナログ、阿部商店夫婦。

近所のお店には、直接手渡しできた。

昨晩、ふたりでお祝い。
「まるよし」さんに本を手渡しに行き、
おとうさんに捌いていただいた刺身で、手巻き寿司。
明日、本当に書店に並ぶのかしらん。
(書店のみなさま、よろしくお願いいたします)

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# by naomiabe2020 | 2021-06-20 17:09 | ライターの仕事 | Comments(0)

巣立った後

仕事をしていると、聞きなれた声。
ちい、ちい、ちい、とあっちからもこっちからも。
結構、騒がしいのだけれど、声の主を知っている今は愛しい。
少し前に、お隣さんの壁についていた電気メーターボックスから巣立ったシジュウカラの子ども達。
・・・・に違いない、と思っている。
サトル君が少し前に、「午後3時頃になると、うちの柿の木にやってきて鳴いてるんだよ」と言っていた。
あの声は、絶対にそうだ! と。
たぶん、うちの柿の木の後はお向かいの柿の木に移動して、ちい、ちい、やっている。
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私の机の目の前。
緑が茂って、どんどん濃くなってきて、シジュウカラの姿を見つけるのは難しいのだけれど、
この前、親鳥が虫をくわえて、こどもにあげるところを目撃した。
ちい、ちい、と甘えた声を出したこどもは、嬉しそうだった。(と、勝手に想像)
そうか、巣立った後でも親はこどもに餌をあげるんだー、と感動。
巣を出た後も、みんなで一緒に過ごすし、親はちゃんと現場であれこれ教えてあげるのね。

今月に入って、とある学生寮(男子)を切り盛りする女性を取材した。
そこは家族経営の寮で、学生さんたちにとって寮母さんや寮母補佐の彼女は、
お母さん、お姉ちゃん的な存在だと思う。
そこの食事といったら、もう素晴らしいのひとこと。
おかわり自由、おなかいっぱい食べてね、という方針だ。
食事の時間、食堂にやってきた学生さんたちを見ていて思った。
これから大人になって、ふと思い出す日がくるはずだ。
ここで食べた食事が、どんなにすごかったか。
栄養のバランスやいろどりを考えて、
お腹をすかせた男の子たちの期待にもこたえられるよう、
出来立てのほかほかを食べてもらえるよう、心をこめて作られた料理。
今は、気づかないかもしれない。
まだ、見えていないだろうと思う。
でもきっと、何十年後にふと、気づく日が来ると思う。
そうあって、欲しいな、と思う。

オンライン授業なんです、と言っていた学生さんにとって、
その日、対面でしゃべったのは寮母さん達だけだったかもしれない。
地方に住む親御さんたちは、安心だろうな。
ちゃんと食べてる? と心配しなくてもいいのだもの。

そして、我が娘。
昨日、揚げたてコロッケ、山もり写真が送られてきた。
まさか、自分で? とオンライン電話を入れると、
「炊き込みご飯もつくったよー」と、もりもり食べている途中。
ひき肉と玉ねぎを炒めて、じゃがいもを茹でて、衣をつけて揚げたとのこと。
きゅうり1本をかじりながら、炊き込みご飯とコロッケを
「いやあ、美味しくできちゃったよ」と食べる娘。
「3個食べても太らないかな」
「いも、なんだから大丈夫だよ」

「今度帰ったら、作ってあげるよ」
と言われる。
そうなのだ。私は自分でコロッケを作ったことがない。
我が家でコロッケ担当は、サトル父ちゃん。
「おお、じゃあ一緒に作ろうな」と、父ちゃん嬉しそう。

なんだか、腕が上がっている。
あぶない、追い越された感もあり。































# by naomiabe2020 | 2021-06-13 16:52 | 日々のこと | Comments(0)

書くことと話すこと

国立(くにたち)市公民館での「図書のつどい」を終えた直後から、
悶えております・・・・・・
あの場面、あの言葉、言えなかった言葉、言わなかった言葉、が襲い掛かってくる。
自分の不甲斐なさに、脱力。

昨年上梓したエッセイは、自分自身の家族について3部構成で書いた。
1、父と母
2、アメリカのハーリー家
3、結婚後の家族 阿部家のこと

家族について話します、ということで2時間の講演会がスタートしたのだけれど、
私はどうも、1、の父と母の部分にこだわりすぎていたのだ。
「おべんとうの時間がきらいだった」自分自身についてわかってもらうためには、
父と母との関係や私の子供時代について、まずは伝えなくては始まらない。
でも、話しはじめてすぐ、自分が海の中でぷかぷか浮かんでいる状態で、
行先を見失って、ただ漂ってしまっていることに気づいた。

本を読んでくれた読者には、すでに私が伝えたいことのおおよそが伝わっている。
でも、参加してくれている多くの方は、読者ではなかった。
だとしたら、どの部分から伝えたらよいだろう。

想定していたことなのに、いざ話し始めると、言葉がするすると逃げていく。
喋るほど、言葉が逃げていって、自分でも驚いてしまった。

私は自分の家族について本にまとめるまでに、20年以上かかった。。
実際に本腰を入れて書き始めてからも、2、3年の歳月が必要だった。
それくらい、何度も何度も頭のなかで繰り返し再現して、書いては消して、
昔の日記なども読み返しながら、
ようやく、1冊にまとまった。

本の内容を喋るのでは、ダイジェスト版でしかなく、
それは、やりたくない。
本を読んでくださった方に、申し訳ない。
でも、父と母との関係を少しでも知ってもらうためには、
あのこと、このこと、小さな毎日のことをひとつひとつ言葉にしない限り、伝わらない。
それを、喋って伝えるのは、途方もないことじゃないか、と
喋り始めてすぐの私は思い、そうしたら、言葉がどんどん自分から離れていった。

家に帰って、反省会。
サトルさんは、会場の後ろの席で腕を組みながら目をつむっていた。
(きっと、いたたまれなかったのよね)
娘は、北海道からオンラインで受講していた。
(当日、公民館の方に「娘さんが参加されていますよ」と聞いてびっくり)

オンライン電話にて、家族反省会。
「なあち、不安でたまらないっていう気持ちがそのまま言葉にあらわれていたよ」
と、手帳をぱらぱらっとめくるサトルさん。
「おれさ、今回ちゃんと手帳につけてたんだよね」
なんとまあ、私が同じ言葉を繰り返していたことなど、指摘。
「確かに、最初の方はお母さん、不安でたまらないって感じだった。
でも、途中から良くなったんじゃない?」
「写真をせっかく見せているのに、その1枚1枚に対して、
もっと話をふくらませれば面白くなるのに、それがなかった。
いつものなあちと、違ったよ」
「あの写真さ、お母さん、絨毯の上に並べて撮ったでしょ。
オンラインで見ると、絨毯のほこりが目立っちゃったよ」

・・・・等々。
家族ならではの、ストレートな指摘。
「でもさ、やっぱり家族について話すのって難しいよ。
しかも、自分自身の家族となると、ねえ」
と家族3人、ここは意見がまとまった。

今後、同じテーマでやるとしたら、
エッセイ本に沿って誰かが私に話を投げかけてくれて、それにこたえるような形式もありかもしれない。
もっと具体的なエピソードや、裏話も交えて話が進むと思う。
私自身は、「家族」のテーマであれば、
読者の方自身の話を聞きたい、そこにいる人同士で共有できたら、そんな「場」を持てたらきっと素敵だと思う。
家族について、悩む人は多い。
でも、外にそれを出すことは、どれほど難しいことか。


反省しかない今回の講演会ではありましたが、
直接来てくださった方、オンライン受講の方、
ありがとうございました。






















# by naomiabe2020 | 2021-06-08 16:21 | ライターの仕事 | Comments(0)

巣立ったの?

朝ご飯を食べながら、何かが足りない、何か違う・・・と、しばし考える。
やけに、静かなのだ。
もしや、と思って窓を開けてじーっと耳をすますと、しーん。

シジュウカラのヒナたち、がいなくなったらしい。
巣立ったということ?
まさか、何モノかに食べられていないよね、中で死んでないよね。

餌をくわえたシジュウカラが、巣(電気メーターのボックス)の中に入ってすぐ、
そのまま出てきた。
しばし、様子を見る。
でも、やっぱりしーんとしている。
うちの柿の木にとまって鳴いているシジュウカラが数羽。
よーく見ると、羽がまだフルフルと震えている感じだ。
もしかして、巣立ったのかな。
昨日、鳴き声MAXっていう感じの勢いで、
それにこたえるべく、親たちは行ったり来たり、かなりのハードワークで餌運びをやっていた。
正直ちょっと静かにしてね、という心境ではあったのだけれど。
無事、巣立ったのだとしたら良かった。でもさみしいものだなあ。

鳥の様子をみながら、玄関まわりの草むしりをした。
椿の木を、じっと眺める。
見つけたくないな、いたら嫌だな、とへっぴり腰気味に、椿の葉をゆらす。
最近、葉の裏にびっしり毛虫、という事態が何度か発生。
あれは、恐怖だ。ビニール袋を用意して、その中にうまく落ちるよう、
恐る恐るハサミを入れて、落下させて袋を縛って捨てる。
この前は失敗して地面に落として、どくだみ畑の中へ・・・・

おとなりさんは、「毛虫は靴で踏んづけちゃえばいいのよ」と言う。

椿を見ていたら、蛇を発見。
30センチくらいの長さの、細い蛇。舌をちょろちょろさせながら、ゆっくりと動いていた。
毛虫を見つけたら、きっと食べてくれるのだろうな。

私は蛇は嫌いではないので(怖いけれど)、毛虫みたいに毛嫌いはしない。
蛇を見ていて、父を思った。
蛇、という言葉を誰かが口にしただけで、烈火のごとく怒りだす人だった。
何かの会話の中で、ひょいっと出てきただけで、突然形相が変わった。
テレビで、蛇の画像が出て来たり、蛇の話題になったりしたら、
もう、その夜の食事は最悪だ。
こんなもの、見せやがって、とテレビ局に苦情電話を入れたかもしれない。
その父は、蛇年生まれなのだった。皮肉というか、なんというか。
父に対する謎はいくつもあるけれど、
どうしてそこまで蛇を嫌うのかも、大きな謎だった。

おとなりのKさんが、「ちょっとだけど、食べて」と、お赤飯をくださった。
嬉しい。おとなりさんは、私たちがKさんの赤飯が大好きなのを知っていて、
ちょくちょくおすそ分けしてくれる。
その時に、ヒナがいなくなったことを伝える。
ついでに、蛇を見つけたことを言うと、
「えー、わたしは蛇だけはダメなの」と、困り顔。
「ネズミでも毛虫でも、なんでも大丈夫なんだけどね、蛇だけはいや」

「こっちへ来させないでね」と本当に恐怖の顔で言うので、
「はい、大丈夫。うちの敷地にいるように、言います」とこたえる。

電気メーターのところ、(ヒナがいたところ)、
来年もくるかしら。
卵の時、蛇に狙われるのよね。
お宅の庭に蛇がいるってことは、
来年はメーターのところに蛇がくるかもしれないわね。
ふさいじゃおうかしら。
だって、蛇だけは嫌なんだもの。

・・・・・来年、おとなりさんがこのことを忘れていますように。
また、シジュウカラの巣立ちを迎えられるといいな。
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さきほど、近所に住む友達がもってきてくれた山菜。
いただきもの続きで、ありがたいなあ。

# by naomiabe2020 | 2021-06-02 17:04 | 日々のこと | Comments(0)

もう一息!

この週末は、
「東京商店夫婦」のゲラチェックの最終段階。
編集のWさんと電話にて、校正者さんからの赤字をともに確認。

文章を書く時、私はいつも文字数とのたたかい、になるため、
漢字で表記して、文字数を増やしたい派だ。
1,000文字の文章だったら、2,000文字書いて、そこから削っていくことだってある。
書きたいことはいっぱいなのに、文字数に制限がある。
削って削って、それでもまだ、削らなくちゃ、という、
途中からはもう、ぎゃーっと叫びたくなったり、文字数ふやせー、と怒りがこみあげてきたり、
ひとり、机に向かって頭をかきむしっていることも多い。
そんなわけで、「文字をひらく」ということが、嫌いだ。
例えば、子供は、「子ども」にするのが一般的。
子供達 だと3文字でよいけれど、「子ども達」「子どもたち」(たち、までひらきましょう、と)
ひらく、とはひらがな表記にすることで、
その媒体ごとに、ちょっとずつルールが違ったりする。

削って削って、やっと原稿が仕上がった!と思っていると、
文字をひらく、ことで、行数があふれちゃいました、というケースが多々発生。

校正者さんが、1冊まるごとで見てくださると、
あの章ではカゴと書いていて、
次の章では「籠」になっている、ということが起こるために、
それを統一する。

1文字ずつ数えていく作業は、ものすごくアナログ的だ。
パズルをやっているみたいな気持ちになる。(パズルは好きではないからやらないけれど)

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机の向こう側、Kさん宅の大きな柿の木の緑が眩しい!
1年前の今頃も、柿の木が芽吹いてきて、緑の葉を繁らせていくのを毎日眺めながら、
ゲラのチェックをしていたんだった。

「おべんとうの時間がきらいだった」(岩波書店)
の図書室のつどい、まだ空きがありますので、ぜひご参加ください。
申し込みは、6月1日の夕方5時までです。

日時 2021年 6月6日(日)午後2時~4時
会場 国立市(くにたちし)公民館 地下ホール
   東京都国立市中1-15-1  ※国立駅から徒歩で7分くらい
定員 会場40名  オンライン受講30名

申し込みは電話にて
国立公民館042-572-5141
オンライン希望の方 sec_kominkan@city.kunitachi.lg.jp
詳しくは公民館のページで
 ↓
https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/kouminkan/kouminkan3/1548999914772.html









# by naomiabe2020 | 2021-05-31 11:37 | ライターの仕事 | Comments(0)

フリーライター阿部直美のブログ。カメラマンの夫とともに、「お弁当」を追いかけて日本全国を旅しています。日々のちょっとしたことを綴るブログです。


by 阿部直美