そわそわ、しっぱなし

私は、気に入った新聞記事をチョキチョキ切って、
スクラップブックに糊で貼り付けている。
今時、珍しいのかな。
でも、やらずにいられない。

本日は、「声」欄(朝日新聞)大学生の投稿。
「あ、すみません」「あー、なるほど」。私は目上の人と話す際、
つい、居酒屋で出るお通しのように、「あ」をつけてしまう。

・・・で、それは、はじまる。
大学生、出だしからうまい。

私が「あ」をつける理由を考えて思い当たったのは、
「予想していませんでした」と伝えることだ。
「あ」と少し驚いて見せることで、
「私は気づいていませんでした」と、ある種の敬意を伝えようとしていたと思う。

と本人は結論づけている。
ふむふむ、なるほど、と思わずうなりたくなる。

投稿者が小学生だった時、PTA会長をしていたお父さんが運動会で挨拶した。
一文ごとに「えー」と発していて、友達から「ロボットみたい」と言われたとのこと。
お父さんに理由を聞くと、「暗記した原稿をしゃべっているだけと思われないため」だったという。

うふふ、わかる。
微笑ましいではないか。

朝からこの「声」の投稿を読んで、
すぐさま、ハサミでチョキチョキ。
今日はずっと、この大学生の言葉を考えてしまう。

ある人からみれば、どうでもいい小さなことで、
わざわざ新聞に投稿するほど? なんて思われるかもしれない。
いやいや、大学生すごいよ。
こういう視点。
すごい感性だと思う。

実は、明日大仕事が待っている。
講演会。
喋るのである。
本当は現地へ行って行う予定だったが、このコロナ禍でウェブ形式になった。

テーマは、「おべんとうの時間がきらいだった ワタシ」
今回は、「食べる」ということを取材経験も含めて、私なりに話せたらと思う。

そんなわけで、落ち着かない。
ずっとそわそわしっぱなし。
私も確か、緊張して皆の前でしゃべる時、繰り返す言葉があったはず。
まあ、いいさ。
ヘタなりに、一生懸命喋れば伝わるはず。

我が家の大学生は、今日は一日じゃがいもバイトとのこと。
これまでの、大根引っこ抜きバイトに続き、農家さんの手伝いのアルバイトに精を出している。
もうすぐこっちに帰ってくる予定なので、
親としては、やっぱり、そわそわ。












# by naomiabe2020 | 2021-08-17 14:05 | 日々のこと | Comments(0)

夢の甲子園

おべんとう取材の前段階として、
サトル君は「4×5」フィルムをフォルダーに入れる作業をする。
それは、夜、家族が寝静まった後に行う。
暗室のない我が家では、窓に黒いペーパーを貼ったり暗幕を張ったりして、
簡易暗室を作るのだが、部屋に置いてあるものを移動したりしてひと苦労だ。
今朝、移動したものを元へ戻すのを手伝っていたら、
「なーちはいいよ、今何か持ち上げるのは、やめたほうがいい」と止められた。
ひえー、優しいじゃん、と言いたいところだけれど、
彼のこの言葉は、優しさからくるというよりも恐怖からくるものである。
前のブログに書いた通り、ぎっくり腰の季節である。
そして、あの時書き忘れたのだけれど、もうひとつあった。
同じく8月、私の左足が急激に腫れた年があった。
細菌が原因だったと思うのだけれど、医者に行っても「痛風じゃないしねえ」と首を傾げられ、
さらに悪化して、別の病院へ行き、
「明日から熊本へ行かなきゃならないんです」と泣きつき、
抗生物質をもらったら、少し楽になって飛行機に乗れたのだった。
足を地面につけると、激痛が走った。パンパンに腫れていたから。
松葉づえで飛行機に乗ったのは、あれが初めて。
あの時も、おべんとうの取材の直前の出来事なのだった。

というわけで、取材を控えているので、気を付けねば。

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こちらは、「翼の王国」おべんとうの時間の8月号。
ANAアプリをインストールすると、いつでも誰でも「翼の王国」の記事が読めますので、
よろしければ、ぜひ。
こちらからも、おべんとうの時間の記事が読めます。

ソラ君です。
この写真を見て、あっ!と思った方は、相当な「おべんとうの時間」ツウです。
「おべんとうの時間」(木楽舎)シリーズ1冊目がお手元にある方は、
どうぞページをめくってみてくださいませ。
幼稚園児のかわいいソラ君が、こんなに爽やかな青年になりました。
うちの娘と同い年。
だから、特別な思いもあります。
緊急事態宣言のなか、取材日がのびてのびて、
学校の先生とはそのたびに、電話でやりとりをさせていただき、
宣言があけぬまま、卒業を迎えてしまい、
それでも3月中なら高校生さ、とぎりぎりセーフでの取材でした。

甲子園出場が夢だった、ソラ君。
去年の夏は、全国の高校球児らが悔し涙を流したことでしょう。
今日から「甲子園」が熱くなると思いますが、
去年の球児たちのことも思いながら、応援します!

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店頭に並んでいる「暮しの手帖13」の「わたしの仕事」も、
ぜひ読んでくださいませ。(毎号、連載してます!)
今回は、千葉県館山市、房日新聞の印刷職人の齋藤さん。
輪転機が回り出した時の、現場の空気感がすごかった。












# by naomiabe2020 | 2021-08-10 12:15 | ライターの仕事 | Comments(0)

誰かのために

知らなかった世界に、足をちょっと突っ込んで、
見えた景色に心が震えた。そんな1週間だった。

2件の取材をした。
1件につき2日かけたので、
計4日間、猛暑で汗だくになっての取材だった。

1つは、子ども食堂の取材。
もう1つは、コミュニティーガーデンの取材。

「子ども食堂」については、テレビや新聞で活動のことを見聞きしたことはあっても、
実際にその場に行ったことはなかったし、当事者から話を聞いたこともなかった。
今回、個人宅を「子ども食堂」に開放している方に取材をお願いして、
実際に活動の日に、おじゃました。
コロナ禍で、食堂としてはオープンできない。
それならば、と食品の支給を始めた。
いろいろな所から寄付してもらった米や野菜などを、
主に子ども食堂を利用する小さい子どものいる家庭に配る。
経済的に困っているかどうかは、傍目にはわからないし、
それを申告する必要もなく、誰でも受け取れる。
ただ、「右から左へモノを移動するだけじゃあおもしろくないからね」
とボランティアの皆で意見が一致して、
「おやつ」を手作りして、それも一緒に配ることにしているという。
その日のおやつ、寒天ゼリーを作る人たち、
その横で卵焼きを作り始める人、お菓子を袋詰めする人。
みなさん、ボランティアだ。
冷やし中華のまかない作りも進み、
みんなで一緒に、冷やし中華の昼ごはんを食べる。
夕方、学生のボランティアも企業で寄付に参加してくれる人もやってきた。
印象的だったのは、配るほうも受け取るほうも、笑顔だったことだ。
取材している私も、なんだかその場にいるのが楽しくて笑顔になっていた。

そういう、1日だった。

あれは、なんだったんだろう、と後になって考えた。
子ども食堂、をやっている皆さんは、無償ボランティアだ。
誰かのために、自分の時間と労力を惜しみなく提供する。
これは、本当に頭の下がることなのだけれど、
私は頭を下げながら、その目で「いきいきとした大人たち」を見て感動していた。
行動する人自身が、楽しんでいる。
この「楽しい」は、どんどん周りに伝播して、そこに集まる人を巻き込んでいく。


もうひとつの取材、
ゴミ拾いと、花壇のみずやり、も同じ気持ちになった。
これも、「自分の住む街をきれいにしたい」というまっすぐな気持ちそのままに、
有志が集まってやっている。
2日間、同行。
暑かった。
とにかく汗びっしょりになったのだけれど、
これもまた楽しかった。
いや、私は実際にゴミ拾いも花壇の水やりもしていないし、くっついて歩いて話を聞いたのだけれど。
ちっちゃい子どもも、トングを使ってごみをひろう。
幼児から80代の方まで、本当に幅広い年齢層の人たちが集まっている。
実際に道路と公園がすっきりキレイになったのを見た充実感。
弁当の空き容器が、どうしてそのまんま公園にぽい捨てされているんだよ、
と思ったし、たばこのぽい捨てがあまりに多くて閉口した。

自分の暮らす街を皆できれいにしたいね、という人たちが集まって
一緒に行動を起こす、というのはすごいことだ。
しかも、高校生の男の子まで
「掲示板にあった案内を見て参加してみました」と、
友達と一緒というわけでもなくひとりで初参加していた。

2つの取材は、異なる媒体のもの。
たまたま、1週間でふたつを経験することになった。

私、誰かのために、何かしたことあった? と考えて、
恥ずかしくなってしまった。
自分のことに精一杯すぎた。自分のことしか考えてこなかった。

お金、についても考える。
今の世の中、どんな場合でもお金が介在している。
何かに参加する時には、お金を払うものだし、
労力を提供すれば、お金をもらえる。

今週見たふたつは、
お金のやりとりが発生していない。
自発的に人が集まり、行動を共にして、
お喋りして笑い合っていた。


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編み猫ちゃん家族。

この春、1人暮しを始めるうちの娘がさびしくないように、と別の猫ちゃんを
プレゼントしていただき、そのお礼に拙著をお送りした、という経緯あり。
そしたら、またいただいてしまった!
猫ちゃんを作るのが趣味とのことで、有難く頂戴しました。

お金、じゃないよなあ、と思う。
今週、そんなことをずっと考えている。

























# by naomiabe2020 | 2021-08-07 18:18 | 日々のこと | Comments(0)

腰に注意

嫌な予感がすると、「でんでん太鼓」をする。
これは、以前鍼の先生が、
「腰があぶないな、と思った時には、でんでん太鼓をやるのが一番効くよ」
と教えてくれて、以来、たまーにやる。
先生曰く、両手をぶらぶらさせた状態で、
胴体にぐりん、ぐりん、と巻き付ける(そうです、懐かしのでんでん太鼓です)
のが、ぎっくり腰予防にはいいらしい。
適度なゆるさで、腰をねじる。

私は過去に、ぎっくり腰を2度ほどやった。
どちらも、夏の暑い盛り。8月だ。
改めて考えてみると、暑すぎてウォーキングをしないのだ。
運動不足の体で、冷房の中机に向かっている毎日は腰をぐぎっとしやすいらしい。

1度目は、おべんとうの取材で草津温泉へ行く日の朝。
腰に電流が走ったけれど、頭はしっかりしていたので、
そのまま夫の運転する車の助手席にちんまりと座り、時々悲鳴を上げながら取材へ。
箸より重いものは、持たなかった。
全く役立たず状態だったけれど、インタビューは無事にできた!
(それでいいのだ)

2度目は、翌日から北海道へ(取材)という日の晩ご飯を作っている最中。
料理酒を取ろうとした瞬間、電流が走る。
泣いた。
しかし、翌日飛行機に乗って北海道へ取材へ行った。
羽田空港の中で、あのゆっくり動く乗り物に乗せてもらって搭乗ゲートまで行った。
その日は挨拶だけ、のはずだったのだけれど、
牛の手術を見て行きませんか、と誘われて(獣医さんの取材)
ぎっくり腰のなか、足を踏ん張って、
牛の胃の手術を見た。
ぶったまげる光景だった。

そんなことを思い返して、そろそろ危ないぞ、
と、脳内で警告音が鳴っている。

今朝、ヨガをした。
(前にも確かブログに書いたけれど、NHKの相当昔のDVD)
なるべく、毎日やろうと思う。
でんでん太鼓も、やるつもり。

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これは、一緒に仕事をしているキッチンミノルさんが最近出版した本です。
牛乳が私たちのもとへくるまでに、こーんなにいろんな人が関わっていますよ、というのがわかる。
写真がとってもいいです。
子牛が生まれるところにも立ち会えたキッチンさん。
最後のページの、幼稚園の女の子が牛乳を飲んでいる写真がとても好き。

腰に注意_c0402074_18004501.jpg
ぬか漬け、また始めました。
確か去年、ブログにぬか漬けのことをあげた気もするけれど、
あれは、カビさせてしまいました。
修復不可能で、処分。
去年は素敵な壺でぬか漬けをやっていたのだけれど、
今年は、普通の白いタッパーでやっています。
いざ家を留守にする時、冷蔵庫に入れられるサイズがベスト。
西友で千円以下で買った普通のタッパーは、最強だ。











# by naomiabe2020 | 2021-07-29 18:12 | 日々のこと | Comments(0)

オリンピックが始まって

これまでは、「ああ、夏休みが始まった~」と、軽くため息をつくのが今頃。
毎日、娘がいる。昼ごはんどうしよう、と頭を悩ませた。
今年は、その娘はまだ帰省しておらず、(これから大学はテスト、らしい)
我が家は季節感なし。
そうでなくとも、フリーランス夫婦ゆえに曜日感覚に乏しく、
土日も平日も、同じリズムで同じように暮らしている。
ああ、これまでは娘のおかげでメリハリがあったのだなあ、と気づく。

オリンピックが始まったけれど、
もともとスポーツ観戦にそれほど関心を持ってこなかった私は、
どのチャンネルもスポーツなので、ちょっとつまらない。
とはいえ、夫は熱心に応援している派なのでテレビはついていて、
何気なく一緒に観ていると、思わず涙が出てしまったりする。
そう、一生懸命の姿はやはり感動的だ。
でも気になるのは、ニッポン! ニッポン! というスタンスの放送や、
メダルの色と数にやたらこだわる姿勢。
どうも、気に食わない。

私は他の国の選手たちの顔や、動きを見るのが好きで、
彼らはどんな背景があって、どういう経緯で日本まで来たんだろうなあ、と想像している。
いい顔だな、と思ったり。
体操の内村選手が、鉄棒で落ちてしまった時には、
とても残念だった。
ずっと頑張ってきただろうに、悔しいだろうなあ、と思った。
でもその後のインタビューで、「皆さんに申し訳ない」
「土下座したいくらいです」と言っていたのを聞いて、
哀しくなってしまった。いたたまれない気分だった。
背負うものが、大きすぎるに違いなく、
ただ、自分が悔しい、だけでは済まされないということだから。

子どもの頃、酔って怒鳴り散らす父の前に母と一緒に正座させられて、
「土下座して謝れ」と言われ(正確には母がそうどなられたのだけれど)
母とともにそれをした娘として、
土下座がどれほど屈辱的な行為か、知っている。

今日の朝日新聞に、山極寿一さんの寄稿文が掲載されていて、
それが、今の私にはぐっときた。
「豊かな「遊び」スポーツの起源に帰ろう」と見出しにある

「スポーツの起源は遊びである。スポーツの本来の意味は「気分転換」であり、それが貴族たちの野外の余暇活動となり、体を酷使する競技となったのは19世紀以降である」から始まる。
山極さんの研究してきたゴリラは、1時間以上も遊び続けることがあるそうだ。高い所に上って胸をたたきあう「お山ごっこ」や数珠つなぎになって歩く「電車ごっこ」に似た遊び。そうやって体を同調させる楽しさを追求するなかで、ルールが立ち上がるという。
人間の遊びもこのルールを踏襲しているし、スポーツの原則もここにあるのでは、と山極さんは説く。
「相手に勝つことが目標でなく、互いに立場を交換しながら競い合い、そのプロセスを楽しみ、勝ち負けにこだわらず健闘をたたえ合う。一緒にスポーツに興じたことによってよりいっそう信頼できる仲間となる。」
「スポーツは私たちの社会を和ませ、新たなきずなをつくることに貢献してきたのだと思う」

じゃあ、今のオリンピックはどうだ? という問題提起である。

私が小学生の時、休み時間にやったドッチボールに燃えた。
男女一緒に、本気で投げ合って、「おめえ、やるじゃん」と男子に褒められたのを覚えている。
ああいう遊びが、ゴリラの遊びか。
純粋に楽しかった。男子とも一体感を感じられたっけ。

「スポーツの起源に帰ろう。」

私もあの日に帰ってみたい。





















# by naomiabe2020 | 2021-07-26 18:37 | 日々のこと | Comments(0)

フリーライター阿部直美のブログ。カメラマンの夫とともに、「お弁当」を追いかけて日本全国を旅しています。日々のちょっとしたことを綴るブログです。


by 阿部直美