温泉の効用

長野県にある鹿教湯(かけゆ)温泉の宿に泊まった。
家族経営の小さな旅館で、トイレと洗面所は共同。
風呂は男女別だけれど、洗い場は2つで浴槽も小さめだった。
湯量は豊富らしくて、たぶんかけ流しのお湯だ。
いっぺんに入れるのは2人までだから、タイミングが大事だなあと思いながら、
小さな子どもとお母さんが風呂を出たのを見計らって、風呂場へ直行。
髪と身体を洗って湯舟につかったころ、
年配の女性が、よっこらしょ、と手すりをつたいながらやってきた。
「どちらから?」と聞かれて「東京です」とこたえると、
「あらー、同じ。私はねえ、スカイツリーの下あたりよ」とのこと。
そのうちに、もうひとりお仲間がやってきて、
「スカイツリーの下から来たのよ」と同じ会話から始まった。
85歳と87歳の2人旅で、「ここに5泊もするのよ」と愉快そうに笑う。
「なんか、もうねえ、年をとってるからあちこち行けないの、のんびり旅なのよ」と。
ふたりとも、連れ合いはとっくのとうに亡くなって、
最近どちらも愛犬を失って、さみしくてふさぎ込んでいてもいけないから、
旅行に行こう、と誘い合ったとか。
部屋で、ふたりで絵を描いているらしい。
87歳のおばあちゃまは、浴槽の階段に腰を掛け、
85歳のおばあちゃまは、私の向かい側で肩まで湯につかり、
「ああ、いい湯だねえ」とホトケサマのような笑顔だった。

「人生いろんなことがあるじゃない。
つらいことも大変なこともあるんだけど、
ちゃんと、乗り越えられるのよ。
うん、そうなのよ。大丈夫よ。ちゃんと乗り越えられるんだから」

たぶんおばあちゃんたちは、自分自身の人生を振り返り、
自分に言い聞かせるように、そう言ったんだと思う。
でも、私は、
急に込み上げてくるものがあって、我ながらびっくりした。


その少し前、久しぶりに母に会い、
つくづく、母との関係は難しく、
どこまでいっても平行線で堪えがたいなあ、と思っていた。
母から逃げたいけれど、親子ゆえに逃げられない。
重すぎる。

おばあちゃん二人組は、
突然あらわれた応援団みたいだった。
あんなに可愛らしい笑顔で、大丈夫よ、と言われ、
もうそれだけで、すごい力だった。

こんなこともあるのだなあ。












by naomiabe2020 | 2025-10-23 16:56 | | Comments(0)

フリーライター阿部直美のブログ。カメラマンの夫とともに、「お弁当」を追いかけて日本全国を旅しています。日々のちょっとしたことを綴るブログです。


by 阿部直美