檜原村へ

檜原村の朝はきっと寒いに違いないと思い、マフラーを巻いていって正解。
約束の時間より早めに着いて、まずはトイレを探す。
道沿いに公共トイレを発見して入ると、これが何ともいえず贅沢なつくりで、個室内で深呼吸!
深呼吸したくなるトイレとは・・・・壁も扉もすべてが、地元の檜原産ヒノキなのだった。
なんとも、いい香り。
山間に太陽の光が届くと、空気が緩んで葉がきらきらと輝きだした。
東京都に、こんな場所があるんだよなあ。1時間半のドライブで着いた。
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今回は、林業の現場の取材。

改めて、周りの山々をよーく見れば、そこには杉、ヒノキがいっぱい。
それは日本各地を回っても、同じ光景だ。

これまで山間部に行くと、ある年代の人たちが決まって「昔はよかった」と口を揃えるのだった。
かつて、せっせと自分の山に杉やヒノキを植えて、それを売ってお金が入った。
「今は、全然儲からない。木の値段が低すぎるし、伐れば人件費とかかかるし損するだけ」と、皆が言う。

山のことをよく知らない私は、そういうものなんだなと聞いていた。

それにしても、である。
昔の人たちは、杉やヒノキの苗を背負って、山のてっぺんまで登ってひとつひとつを手植えしていたのだ。
そういう目でよーく山を見てみると、私なんかの想像を絶する労力で成し遂げられたんだとわかる。
車の道だってない、本当に外から見ると、名もなき山にはびっしりと山のてっぺんから木が植わっているではないか。
行くだけでも大変そうなのに、背負って植えて、である。
昔の人たちは、下草刈りをしたり枝打ちをしたりしていたはずだ。

話はちょっととぶけれど、
私が住んでいる東京では、例えば庭木がたくさん植えられていて素敵なお屋敷は、
ある日突然更地になって、同じタイプの建売り住居がぎっしりと建てられたりする。
まだ少し残っている畑も、切り売りされて住宅になる。
立派な木だなあ、と思っていつも見上げていた大好きな大木が、ある日伐られてなくなっている。
そして、建売住居やマンションにとって代わられる。
ああ、残念だなあと思っても、それは他人の土地であって、
その人の事情もあるだろう。

でも、よく考えてみれば、日本全国にある特に名前のないような裏山的存在の山だって、
誰かの所有の土地である。
せっせと、所有者が木を植えていたからこそ、今の名もなき森があちこちにある。
(まあ、花粉症の私としては、杉やヒノキばっかりの森を見ると、ちょっと思うところはあるけれど・・・)

山間に行って、ああ自然っていいなあ、この風景は最高だなあ、と思っているけれど、
それは、その土地を持っている人たちが木を植えてきたからでもあるんだなあ、ということにようやく気付く。

すごく大切な林業であるはずなのに、
実際は、若い人たちの職業としては、あまり人気がないし、
仕事は大変なのに、給料はよくないらしい。

・・・・・と、思っていたら、
檜原村には、林業で新しい挑戦をしている若者たちがいることを知った。
いろんなアイデアを出し合って、
まるごと1本の木をいかに無駄なく使って、何ができるのか、
どんな楽しい展開ができるかを、それこそ目を輝かせて語る人たちがいた。
話を聞きながら、こちらも胸が高鳴ってきた。

ああ、檜原村の林業のこれからが楽しみだ!

これから原稿を書くので、詳しいことを載せられなくてすんません。
でも、昨日の取材で、みなさんから情熱とエネルギーを受け取って、
なんだか、頭の中が檜原村でいっぱいなのです。
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by naomiabe2020 | 2020-10-30 11:40 | ライターの仕事 | Comments(0)

フリーライター阿部直美のブログ。カメラマンの夫とともに、「お弁当」を追いかけて日本全国を旅しています。日々のちょっとしたことを綴るブログです。


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